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浦和地方裁判所川越支部 昭和32年(ワ)22号 判決

日本勧業銀行

事実

原告株式会社日本勧業銀行は請求の原因として、被告株式会社丸木は昭和三十一年十一月二十五日、三十日、十二月五日の三回に亘り訴外島産業株式会社に対し額面金八十万円、同六十六万円、同六十万円の約束手形三通を振り出し、原告は昭和三十一年八月三十一日右島産業株式会社から右各手形の裏書譲渡を受け、爾来これを所持し、右各手形を各支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたが何れもその支払を拒絶されたので、原告は被告に対し右手形金合計金二百六万円及び各額面金に対する支払期日以降年六分の割合による利息の支払を求めると述べ、予備的請求原因として、仮りに右手形が訴外池和田浩一により偽造されたものであるとすれば、右池和田は当時被告会社の経理担当職員として「埼玉県川越市鍜冶町株式会社丸木取締役社長市川宗貞」なるゴム印、富士銀行大宮支店に印鑑届のしてある「株式会社丸木之印」なる角印及び「市川宗貞」なる丸印を経理課金庫内に保管し被告会社々長市川宗貞の命により約束手形作成の事務を担当していたものであるが、同社長に無断でこれらの印を使用して右各手形を偽造しこれを島産業株式会社に交付したものであるから、仮りに島産業株式会社のためにする意思をもつてなしたものとしても、それは右池和田浩一が不当に事業を執行したものに外ならず、外形上被告会社の事業の執行の範囲に属することは論ずるまでもない。しかして、原告は右島産業株式会社から右各手形の割引を依頼されて昭和三十一年八月三十一日右各手形の裏書譲渡を受けると同時に同会社に対し額面金二百六万円を支払つた。然るに右各手形が偽造のものとして被告に対する第一次請求が認容されない結果は、原告は同額の損害を蒙つたことになり、この損害は右池和田浩一の前記不法行為により生じたものであるから、被告は池和田の使用者としてこれを賠償する責任がある、と主張した。

被告株式会社丸木は第一次請求に対する答弁として、原告主張の各約束手形は被告会社の単なる会計事務員であつて何ら手形等を振り出す権限のない池和田浩一が檀に被告会社印社長印等を盗用して偽造し、これを訴外島産業株式会社に交付したものであるから、被告会社には右各手形金を支払うべき義務はないと述べ、予備的請求に対する答弁として、被告会社において手形振出の権限を有する者は社長市川宗貞専務取締役柳内貞雄及び常務取締役大久保竹治の三名に限れらており池和田浩一は被告会社の会計事務を補助しているに過ぎない者で固より手形振出の権限を有せず本件手形の発行は右社長取締役等の命令又は委任に基きその職務の執行としてなしたものではなく、池和田がその地位を濫用し右島産業株式会社の事実上の経営者である木崎茂男のためになしたものであるから、被告会社の事業の執行の範囲に属するものとはいえない。よつて原告の主張は許されないものであると主張した。

理由

証拠によると、原告が昭和三十一年八月三十一日訴外島産業株式会社から額面合計金二百六万円の約束手形三通の裏書譲渡を受け爾来これを所持している事実が認められる。

しかるに被告は右各手形を振り出した事実を否認するのでこの点について判断するのに、証拠を綜合すると、本件各手形は被告会社の経理課長池和田浩一が昭和三十一年八月中旬頃手形振出の権限がないのにかかわらず当時の被告会社社長市川宗貞、専務取締役柳内貞雄等の承認を得ることなく自ら保管していた「埼玉県川越市鍜冶町株式会社丸木取締役社長市川宗貞」と刻んだゴム印、「株式会社丸木之印」と刻んだ角印及び「市川宗貞」と刻んだ丸印を擅に各約束手形用紙の振出人欄に押捺し、各額面金額は被告会社のチエツクライターを用いて記入し、その他支払期日支払地支払場所振出地の各欄にもそれぞれ被告会社備付の各印章を用いて記入し、ただ振出年月日欄と宛名欄とは白地のままとして各これを偽造した上右島産業株式会社の経理担当役員南木信吾に交付したものであることが認められる。してみると、被告には本件各手形金を支払うべき義務がないことが明らかであるから、その支払を求める原告の第一次請求は失当である。

そこで進んで予備的請求の当否について判断するのに、証拠によると、原告銀行有楽町支店においては昭和三十一年三月十四日から島産業株式会社と取引を開始し被告会社その他数会社振出名義の約束手形等の割引信用貸付等をしていたところ、同年八月中旬頃右島産業株式会社から本件手形三通の割引を依頼されたので、同支店次長吉沢安之助同貸付主任福山重幸の両名は従前割引をなした被告会社振出名義の数通の手形より額面金の合計額が著しく大きいので、念のため同年同月二十日頃被告会社本店に赴きその営業状態を調査し、被告会社の相当地位にあるものと認められる三十二、三歳の店員(氏名不詳)から被告会社と島産業株式会社との間には年間三千万円位の繊維製品の取引がある社長の市川宗貞は県会議員で飯能の方に多数の山林を所有している、この手形は取引によつて生じたものであるから心配はない旨聞かされ、且つ従前割引をした被告会社振出名義の島産業株式会社宛て約束手形数通が確実に支払われてもいたので、安心して同会社の依頼に応じ、本件手形三通を割引してやることにし同年八月三十一日各その裏書譲渡を受けると同時に同会社に対し割引料金を差し引いた合計金二百一万二千六百七十円を支払つた。そして本件各手形の支払期日に支払場所に各これを呈示して支払を求めたが、何れもその支払を拒絶されたという事実が認められる。しかして島産業株式会社は同年十一月中旬頃倒産してしまい、本件各手形につきその裏書人としての義務を果す能力がないことが認められる。

してみると原告は池和田浩一の前示不法行為により本件各手形の割引金に相当する金二百一万二千六百七十円及びこれに対する割引日以降年五分の割合による金額の損害を蒙つたものと認めるべきである。

ところで原告が被告に対し前示損害の賠償を請求し得るには池和田浩一の前示不法行為が被告会社の事業の執行について行われたと認められるものでなければならないのであるからこの点について検討する。証拠を綜合すると、被告会社は前社長木崎茂男が昭和三十年十二月末頃辞任した後市川宗貞が社長に就任したが、同人は埼玉県議会議員その他の公職等をもち多忙のため毎週一回位しかも短時間被告会社に顔を出すだけで殆んど仕事をせず、被告会社の経営は専ら専務取締役柳内貞雄常務取締役大久保竹治の両名が事実上主宰していた。そして手形振出等の事務は右両取締役の何れかが同社長の権限を代行し、同社長名義の手形を振り出しており、これに使用する前示ゴム印角印丸印等は平素経理課長の池和田浩一に保管させ、手形振出の場合は右両取締役の何れかの指示により右池和田浩一が同課事務員をして手形用紙に右ゴム印角印等を押捺して手形を作成させ、右両取締役の何れかが自ら該手形の市川宗貞名下に前示丸印を押捺して手形を完成し、これを池和田浩一に渡して振り出させ、時折右両取締役不在の場合は予め池和田に額面金額支払先等を具体的に指示し、右各印章を使用して手形を振り出させていたのであるが、右池和田は昭和三十一年八月中旬頃被告会社の前社長であり島産業株式会社の事実上の経営者である木崎茂男に強請され、当時経済的破綻に頻していた同会社の窮状を救うためやむを得ず前示被告会社社長及び両取締役等の承認を得ることなく、自ら保管中の前示各印章等を檀に使用して本件各手形を偽造し、島産業株式会社の役員南木信吾に交付したものである、等の事実が認められる。さて、かような事情の下に右池和田浩一がなした本件各手形の偽造交付の前記所為は同人が被告会社の被用者として被告会社の事業の執行につきなしたものと認めるのが相当である。

ところで被告は、右池和田浩一の選任及びその事業の監督につき相当の注意をなしたこと又は相当の注意をなしても右損害は生ずべかりしものであつたということについては何ら主張立証をしていないのみならず、証拠を綜合すると、池和田浩一は既に昭和三十一年三月頃から本件各手形の偽造と同様の手段方法によつて被告会社社長市川宗貞振出名義の約束手形数通或いは十数通を偽造していたのにかかわらず、被告会社においてはこれを発見し得なかつたという事実が認められ、かかる事実と叙上本件各手形の偽造交付、原告銀行の調査に対する被告会社店員の回答等の諸事情とに鑑みると、被告会社には右池和田浩一の事業の監督につき相当の注意をしなかつた過失があるものといえる。

してみると、被告会社は池和田浩一の前示不法行為により原告が蒙つた前示損害を賠償する責任があるものというべきである。

よつて原告の本訴損害賠償の請求は右金二百一万二千六百七十円及びこれに対する各割引日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるとしてこれを認容した。

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